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『ヴィオーン、ヴィオーン』
突然のそれに、マサキは身体をびくりとさせた。
同時、田んぼの中から黒猫がこちらを振り返ったような気配を錯覚する。
「んぁ」
(またどうせ登録したサイトからだろな、どうせよ)
パタリと、暗闇の中で携帯を開いたせいで視界の明暗が反転したように感じられる。
左手に構え、マサキは待ち受けの優木まおみの笑顔を邪魔するお知らせをクリックした。
「……!?」
(…マジかよ…何でだよ?)
それはユミからのメールだった。
下がっていたテンションと体温、その両方が震えながら上がっていく。
【今日は紅茶ご馳走さまでした。
偶然の出会いですけどよろしくね♪
今日は寒いからさっさとお風呂入るよぉ
】
気付いたら足は止まっていた。
嬉しさが顔をほころばせる。
たとえ、それが彼氏持ちの女の子からのものであっても、それが特別な感情のこもっていないものであっても。
マサキは歩き出し、ニヤニヤとした自身の頬を撫でた。
世界が明るくなっている。
メールを貰ったせいだけではない。
マサキが私立校に、自宅の近くまで来たからだ。
気にしてみれば、時間も時間、という事もあり、部活帰りの高校生の姿が散見される。
いつものガヤガヤとした声が聴こえないのは、風が掻き消しているせいだろう。
そうでなければ、もう少し遠くからでも気が付くハズだった。
ふわりと、匂いが鼻を触る。
最近整備された区画に新築された家々、それの中で浮いた古めかしい建物、見慣れたそれからそれは漂ってくる。
(…味噌汁か、コイツはな)
自宅の鍵を開けながら、マサキはクシャミをした。
磨り硝子越しに見える影、それが音に反応して小さく動く。
「帰ったぞーコノヤロウ」
マサキは素早くドアを開け、更に素早く手を突き出した。
抜き手は影に迫り、そして目標を掌握する。
グルルゥという低いうなり声はそれが出したものだ。
「おかえり…って、アンタまたチョビになんかしてんでしょ」
リビング…とはいえた代物でない空間、そこから聞こえたのは母親の声だ。
「何もしてねーよ」
リビングに向かおうと踏ん張るチョビ、愛犬の尻尾を握りながら、マサキは靴を脱いだ。
片手を持ち替えたりしながら、器用に上着を脱ぎ、玄関でタバコを吸い始める頃には、チョビの鳴き声はクゥ~ンという助けを求めるものに変わっていた。
「マサキ!」
「はいはい」
マサキは仕方なさそうに、彼を解放した
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