13人が本棚に入れています
本棚に追加
なんの事はない。
ただのメールだ。
気にするような内容ではない。
注意も興味も引かれる事のない、いつものやり取りだ。
変わらない日常の、変わらない一段落。
数日したらまた同じような内容が届くハズであった。
【じゃあまたいつもみたいに車で待ち合わせね】
最後に付いた絵文字がハートでなくキラキラと輝くものであるのが、二人の関係性の微妙な具合を表しているといえる。
マサキは、自分の顔から表情が消えたのが解った。
感情が無いワケでは当然ない。
たとえ、この場に自身を見ている人間がいなかったとしても、それでも、表に出すべき感情が選べなかった。
悲しみ。
慈しみ。
情け。
愛。
喜び。
怒り。
虚しさ。
諦め。
呆け。
そのどれもが心の中で際立ち、そのどれもがためらい、そのどれもが目まぐるしく動き、そのどれもが混じりあっている。
すぅっと、マサキは目を細くした。
外側に表現すべく権利を勝ち得た感情など、そこには無かった。
未来への希望を待ち。
未来への絶望を願い。
未来への価値を憂い。
未来への夢を広げ。
未来への可能性を諦観する。
(……なんで俺は…なんで…なんでこんなんなんだ?)
急激に変わり得ないと思っていた日常。
それがここ数日で急激にズレている。
仲の良い女を失い、それを想い、その為だけに怒り、泣き。
一時間前まで知りもしなかった女に恋し、それにハシャぎ、手遅れながら真剣になった女への感情と感覚を放棄し。
(俺は…好きなんだよ、な?)
ヒロコを。
(俺は…好きになってんだよな?)
ユミを。
在り来たりの日常からその存在が消えるという有り得ない事。
在り来たりの日常では知る事が出来なかったであろう存在に出会えたという有り得ない事。
マサキはぐっ、と奥歯を噛み締めた。
感情と同様、銀歯が歪むような音を立てる。
「…許されんのか、俺みたいなクズは」
生きる権利。
ヒロコが唐突に失ってしまったかもしれない、もう剥奪されてしまったであろう権利。
ぶらぶらと、電灯から下がったヒモが揺れている。
自身の貧乏揺すりが強くなっているせいだ。
左右に踊るそれは、今のマサキに否応なくそれを連想させる。
「死ぬ…か?」
首を括る自身。
その方法と準備。
聞きかじる事くらいしかしていないが、頭の中で段取りが組み上がっていく。
(俺は、生きてちゃ…ダメなんじゃねえか?)
やる気の映らない瞳、それがさらに暗く濁った
最初のコメントを投稿しよう!