いろづき

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「っだぁぁぁ…ノぉド痛ぇな、オイ」 いつの間に眠ってしまっていたのだろう。 ビショビショの寝汗とは対照的、ヒリヒリとノドが痛みを訴えてきた。 帰宅してから風呂に入っていなかったせいもあり、身体が臭う。 「あぁ…眠いわぁ」 舌打ちをしつつ、マサキはタバコに手を伸ばした。 ザラついた気道を尖った空気が流れ、そして吐き出される。 頭がぼぅっとしていた。 何か、強い印象を受ける夢を見た気がするが、まるで思い出せない。 ふるふると、身体は小さく震えている。 寝汗が乾いたから、それだけでは無く、夢の残滓に怯えているのだ。 自身の身体を他人のように観察し、マサキは咳を払った。 三十路を迎え、色々疲弊してしまっているのだから、記憶力が弱くなったのも、寄る年波に因るものなのだろう。 「…うん…うん」 マサキはなんとなく呻きながら、昨夜のメールを思い出していた。 携帯を確認すると、ユミからメールが一件届いている。 【で、ご飯はどこに誘ってくれるのぉ(笑)】 しばし黙考する。 そういえば、昨日のメールのやり取りでユミを飯に誘った気がする。 (どこに…誘うかね) とはいっても、そんなに選択肢があるワケではなかった。 女との付き合いが沢山あったワケでもない自分が、方向音痴の自分が、家にこもりがちな自分が、彼女の望む理想的なものを用意出来るハズがない。 (まあ、時間帯的にもファミレスとか焼き肉、もしかカラオケってとこかね、やっぱ) 思い付くのはありきたりな場所だった。 生涯一番好きになった女の子も、さして好きでない女の子も誘う、ツマらない自分に用意出来る最大限普通の場所。 (ん~…クソみてえに面白くねえな、俺) ぼりぼりと頭をかき、マサキはタバコをもみ消した。 【んじゃ、とりあえず焼き肉とかどうっすかね? カラオケでも良いっすけど】 首を左右に鳴らし、マサキは左目だけを細めた。 浮ついた気持ちが、寝起きで冷めた体温を上げ始めている。 ビクビクと、首筋の筋肉が踊る。 何度か呼吸をし、やがてそれが収まった頃、マサキは立ち上がった。 ふらり、とまだ起ききれてない身体を揺らし、階段を降りていく。 一段。 また一段。 ぎぃぎぃと、目障りに泣く階段の声に反応し、定位置である玄関前で寝ていた犬が、チョビが顔を上げた。 「いやいや、ねえよ」 文字通り、別の部屋へ一目散に逃げるそれを見送りながら、マサキは顔をしかめた
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