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「え、何で辞めるんすか?」
真面目にそれが気になった。
世間は景気の良い状態でもない。
特に、景気の影響を受けやすい製造業、つまりは工場が職の受け入れ先の大部分を占めているこの辺りでは尚更である。
パチンコ屋も先の見通しが利かない、という点では同じかもしれないが、地域に根付いたチェーン店ならまだ安泰だろう。
給料も手取りで二十万ほどあるし、ボーナスもある。
昇給は、平社員であれば無いようなものだが、それでも、格安で入れる寮費を考えたのなら、この時世では優遇されていと断言出来るだろう。
「まあ、色々あるねん色々」
根元ギリギリまでタバコを吸い尽くし、桑田が灰皿に名残惜しそうに投げ入れる。
じゅっ、と小気味良い音が響いた。
「いや、次が決まってんなら良いっすけど、どうなんすか、それは」
「それが決まってないんよ」
「バカなのかアンタは」
笑い返す桑田に毒を吐きながら、マサキもタバコを灰皿に捨てた。
ちらりと、携帯を開いて時間を確認する。
昼の三時五分。
仕事終わりまで約二時間だ。
「ああ、ちなみにアレっすわ、今日はダメっすよ、飯とかは」
マサキの言葉に、桑田は少しニヤついて返す。
「なんや、デートか?」
「いやいや、どうでもいいっしょ」
「うわ、お前マジかよ…」
ピタリと会話が止まる。
空気もイヤに濁る。
桑田がユミとのデート?を言い当てた、それだけではない。
次に桑田が繋げようとしてやめた言葉、開いた口と表情からマサキがそれを察知し、また、桑田がマサキに察知された事を察知したからである。
『ヒロコが行方不明なのに、よくデートなんてしていられるな?』
誰も発さなかったそれが、誰かが発したのと同じ効果を持ち、休憩室の汚れた空気を固めていた。
マサキは桑田から目を逸らしている。
桑田もマサキから目を逸らしている。
「…」
「…」
何か言おう、重い空気を押しのけようという雰囲気が互いから生まれ、それがまた膠着状態を生み出していた。
「…あの、やなあ」
しばし後に口火を切ったのは桑田だった。
だが。
「ちょっと!小日向さんと桑田さん休憩長いよ!」
バタンと扉を開けて入ってきた女の子に両者共身体をびくりとさせた。
「あ~申し訳ないっす」
「あ~すまんすまん」
二人同時に休憩室を後にし。
「まあ、アレや、辞めるんはまた今度話すわ」
と、担当するコースに急ぐマサキに、桑田がぼそりと呟いた。
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