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信号機。
いつもと変わらないそれは、いつもと同じタイミングで輝き、いつもと同じタイミングで色を変える。
点灯する秒数に因っては、もしかしたら、毎日少しだけズレ込んでいき、赤信号なのか青信号なのか、それは日々で違っているのかもしれない。
土埃と排煙、雨と風。
彼らが毎日自身を劣化させつつも耐えているそれは、変わりない日常の、誰も気にしないものであるが、変化しない世界の中にある確実な変化ではあった。
「ああ、くっそ遅っせえなコイツ」
気がはやっているせいか、やたら長く感じる赤信号を、マサキは舌打ちをして急かせた。
ギュッと、タバコを噛み締める。
約束の時間は7時だ。
まだ時間は余裕である。
だが、マサキは震える心臓を抑えきれずにいた。
(…なんか、プレゼントとか買ってくか?…いや、んなんほぼ初対面なんだし、いきなりとか変だよな、誕生日とかのキッカケでもねえし)
そもそも、ユミの事をよく知ってるでもなし、彼女の好むものすら知らないのだ。
花束を。
となれば、見映えのする男からでもなければ気持ちが悪いだけだろう。
香水を。
となれば、俺の感性に染まれというそれ自体が持つ意図でヒかれてしまうかもしれない。
アクセサリーを。
となれば、俺の物となれという意図は疎か、身に着けるという感覚が不快感を煽るだけだろう。
服を。
となれば、アクセサリーと同義。
食べ物を。
となれば、贈る側としても好意が伝わる気がしない上、彼女からは女性扱いしていないと取られてしまうだろう。
ワインを。
となれば、ユミが呑めるかどうかも知らない。
(…ああ、好きな人間にだってのに、てめえが情けねえよクソが)
結局、タイミングが合っていようとも、現段階で自身が少しでも納得いくようなプレゼントなど考えつかなかった。
ぎりり、とマサキはハンドルを強く握り直した。
何故今までこういう事に力を入れてなかったのだろう。
ギュッと。
何故贈り物をして女の子を喜ばせようとしなかったのだろう。
ギュッと。
何故、何故。
ヒロコに対しても。
ギュッと。
心臓が絞め殺されるような痛みと憎悪に襲われた。
ビキビキと、胃の表面にも刺激が走る。
捨てたハズのヒロコの想いと感覚、それが浮かび、消える。
(何が…忘れる、だよ…クソが)
涙を目に滲ませながら、壊れそうな心を睨み付けながら、ただマサキは車がまっすぐ走るように努めるだけだった。
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