いろづき

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変わる世界。 (そうだ…なんでこうなんだ?なんでこうなってんだ?) 好きでも無い女を失い。 その女が大切だと気が付き。 新しい女に出会い。 その女を好きになる。 とくりとくり、と心臓が喉を潤すような音を立てる。 身体も震えている。 鳥肌も立っている。 ふわふわと世界が何よりも遠く、何よりも近い夢のように感じる。 恋を。 恋をしているからだ。 あの夜に感じた絶望的な恐怖、絶対的な恐怖、それと身体は似たような反応をしている。 命の危機を感じた時。 命を賭したいと思える恋愛という感覚が目覚めた時。 命が伸ばす枝葉は逆行し、根元にある命の根源を芽吹かせるのかもしれない。 同一のもの。 生物が原初から持つ根幹たるもの。 それは高揚感。 それは戦いの力。 それは生殖本能。 それら博打のように危うげなものたち。 その瞬間に勝負を仕掛けるしかないという、極めてギリギリの感覚。 「で、どうするの?」 「あ、ああ時間すか?そりゃあ、好きな子となら、いられるだけいたいっすよ。っても、帰りたくなったら帰りたいっつって下さいよ?気ぃ遣わせたかないっすから」 「了解了解~」 マサキの話を流すように答えるそれは、大人の女を感じさせた。 下卑た意味ではなく、人生経験を積み、色々な事に落ち着いて対応出来る、どっしりとした構えのような。 見た目は自分よりも若くすら見えそうだというのに、瞬間のユミは姉のようにも、母親のようにも感じさせた。 「…」 赤信号になり、マサキはチラリと津島を見やる。 真っ直ぐ前を見た彼女の横顔はツマらなそう、というより少しは楽しめていそうだと感じられた。 「…」 「……どうした?」 びくんと心臓が弾ける。 「…ん、なにがっすか?」 「小日向くん、なんか言いたそうな顔してるから」 コチラに向きやるその顔の眩しさに、マサキは思わず顔を逸らした。 運良く信号が青になった為、恥ずかしいそちらを向いている事が出来なくなる。 「えっと…あの……あれ…」 「ちょっと、口がパクパクしてるから、落ち着いてって」 ニヤニヤとするユミに、マサキは薄っぺらな自身を軽く見透かされている気がした。 ヒロコという心の引っ掛かり。 それすら気が付かれているのではないか、そんな風に。 結局、その後はユミに的確な返しが出来ないまま車内の時は停滞し、車は順調にカラオケ店の駐車場へと吸い込まれていった。
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