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「しかし…ヘタだねぇ…こりゃ」
幾重にも積み重なる屍の上に立つ鮮やかな紅いメッシュの前髪に、流れるように靡く漆黒の髪とまるでルビーのような紅色の瞳を持つ男。
身長は170㎝前後で見るからに華奢、紅いショートジャケットに黒いTシャツを着、黒いデニムを履いている。
端正な顔立ちが月の陰りでより冷たく鋭い印象を醸し出す。
彼は静かに天に昇る朧月を見上げる。
人を暗殺する時は相手に自分の存在を知られる前に殺さなければいけないのが暗黙のルール。
だが彼は暗殺する前にその存在を気付かれてしまい、戦闘になった自分のミスを悔やむようなセリフを、無言で横たわる無数の屍へ吐き捨てる。
今や人を殺しても微塵も罪悪感や後ろめたさを感じはしない。
自分の心にあるのはまるで業火のように燃え盛る"ある人"に対する憎しみの炎。
夜風に漂う生々しい血の臭いと混じる焼け焦げた人肉の異臭。
暗闇に包まれたとある邸宅前の煤けたアスファルトに突き刺さる一本の紅い両刃の大剣。
刃渡り1m、幅20㎝と言ったところか。
まだ熱を帯びているためか、外気の温度差で蜃気楼を起こすほど紅い刃から凄まじい熱気を放っている。
ひとしきり満月の夜空を仰ぐと、彼は積み重なる屍を無造作にどかどかと踏みつけて降り、アスファルトに突き刺さる大剣の柄を左手でしっかり握る。
一瞬、紅い刃に幻想的な青白い焔を纏うとゆっくりと儚く消え失せる。
勢いよくアスファルトから大剣を抜くと熱を払うように、一振りして彼の背中に背負う鞘に丁寧に収める。
カチン、と金属特有の収鞘音が闇夜に吸い込まれる。
ゆっくりと踵を返すと、男は再び屍の上に腰を下ろす。
「ふん……これじゃ話にならん……期待していた俺がアホみたいだ。俺と殺り合うくらいなら警備員をあと二三倍用意して置けよな。せめてあと千人ぐらい殺し足りないか。まあいい。標的(ホシ)は予定通り殺したし、オマケで50人近く殺せたらしい。けど今日は遅いからさっさと死体(ごみ)を処理して帰って寝るか。暗殺者は主に夜行性なんだが、珍しく同じ暗殺者でも俺は昼行性でね。夜は嫌いなんだよ。」
死者に向けて言う言葉ではないが、何の詫びをいれることもせず、白々しい態度で彼は言う。
しかしどれも原形を留めていない焼死体やら肉塊だらけである。
誉め言葉ではないがこれは良い臭いだ。
なんて言いつつも鼻を破壊するような悪臭に耐えきれず、しきりに鼻を押さえて心で呟く。
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