一章

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 彼女はとても優秀な一人の学生だった。それは僕が自信を持って肯定できる数少ない真実の一つであり、同時に数少ない印象に残る思い出の一つだ。  加代子は至って上品で、知的な女性であった。寡黙であるわけではなかったが、加代子とふたりきりでする会話はいつも透き通った沈黙から始まっていた。しかしそれはけっして気まずい雰囲気からくるものではなく、彼女が時間をかけて言葉を選ぶタイプの人間であったということと、ただ単に僕らがそういう年頃であったという簡単な理由から構成されていた。彼女がどう思っていたのかは僕の知る定かではないが、少なくとも僕にはその沈黙が心地よく感じられた。  彼女の目もまた透き通る水晶のように透明で、それはどこか汚したくなるような色合いだった。そして、彼女もそれを望んでいたんじゃないかと、僕は今になってそう感じるようになった。そのくらい透き通った目で、彼女はこちらを見ていたのだ。しかし、残念ながら僕は、そんな彼女を真っ正面から見てはいなかった。僕はいつも彼女の後ろ姿を白くもやがかかったようにぼんやりと眺めていた。もしかすると、僕がしっかりと見ようと思えばその通りにうまく事が済んでいたのかもしれない。しかし、あの時の僕にはそんな事を考える気力も、理由すらも皆目見つからなかったのだ。  彼女は世界の大きさについての話を好んで僕に語り聞かせていた。その話をする時、彼女は珍しく小さな微笑みを見せるのだ。正直、彼女の話は(僕にとっては)複雑で退屈なものであり、できればそれよりも音楽や最近の小説について会話を交わし合いたかったが、希少価値のある彼女の笑顔を見ると、そんな事はこの世界で一番些細なことではないのだろうかという錯覚まで、僕の小さな頭部の内にて巻き起こるのだ。
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