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「こーうーちゃん!」
「あ、そーちゃんぢゃんかー……」
目元をこすりながら、洸は一つ欠伸をもらす。
少し長い前髪がうっとうしく思えた。
蒼司が、みかねて軽く指先ではらってくれる。
その口元は、緩くつりあがっていた。
「今ねー、そーちゃんと初めて会った時の夢見たよう」
目元を緩ませ、口元をだらしなくさせれば、蒼司がそうかと笑みをつくる。
オレンジの髪は変わりなく、しかしわずかに短くなった髪が妙に大人っぽく感じさせた。
「いやーあん時はびびったなー」
「へ?そうなん?」
「だって洸、煙草吸わないし」
「しかし断る!」
洸が腕の前でバツ印をつくれば、蒼司が笑い転げる。
まったく、人のことをよく言うよ、洸は息を吐いた。
五月だ。
入学して、一カ月。
なかなか自分でも、この高校に馴染めてきたと思う。
洸は最近お気に入りのトマト蒸しパンを片手に、廊下を歩いていた。
連日の雨のせいで、心底足場が悪い。
スラックスの裾が濡れてしまわぬ様、慎重に歩を進めていた、
そんな時。
「桜木!」
雨のおかげか否か、渡り廊下によく響く声。
今なのか、と洸は眉間にしわをよせる。
次いで、凄まじい風と共に、右足が振り上がった。
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