0人が本棚に入れています
本棚に追加
青年が折れたことにか、共に食事ができることを嬉々としているのか、おそらくはその両方の理由でハンスは満足そうに頷く。
「それじゃあ、準備が出来るまで適当にくつろいでいてくれ」
「わかりました。では、失礼します」
ならば少し休むとしよう、と青年はさきほど受け取った鍵の合う部屋へ向かう。このフロアにそれらしき扉はないので、きっと二階だろう。前の村からこの村まではうんざりするほど距離が開けていて、五日続けて野宿する他なかった。おかげで随分と疲弊する羽目になり、身体はすこぶる重い。
もっとも、旅をしているのだから宿泊日より野宿日のほうが圧倒的に多いのはしごく当然なはずが、どうにも彼は野宿が大嫌いである。
だから柔らかいベッドにありつけることが確定した今、鼻歌でも口ずさみそうなほど機嫌を良くしている。
「なあ……そういや、おまえ――」
その浮ついた背中を、思い出したようにハンスが呼び止めた。
「――名前は何て言うんだ」
古びたマントを翻しながら、青年はダンスでも踊るような優雅さで振り返り静かに告げる。
「シルフィス、と申します」
◇
どん、と木造のグラスが丸型のテーブルにたたき付けれられる。中身が僅かに飛び散るものの、ハンスがそれを気にした様子は無い。
最初のコメントを投稿しよう!