プロローグ:親友

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彼はなぜ現れなかったのか。 いつも俺が来るのを待っているかのように、必ず彼はここにいたのに。来ていたのに。 外灯の明かりがブランコに腰かけた人影を地面に映す。 吹く風が木々を揺らし、ざわざわと音をたてた。 人の生きる音がしない今この場所は、自然が作り出す寂しげな合唱を延々と垂れ流している。 「……なんだよ」 俺は、何時間かぶりに口を開いた。 「何で来ないんだよ」 姿の見えぬ親友に、俺は虚しい憤りをぶつける。 別に約束していたわけではなかった。 彼がここにいなければならない道理はない。 それでも、彼がここにいるのは必然だったのだ。 「……帰ろう」 俺は力なく立ち上がる。 明日は休日だ。 どうせ平日でも学校に行く気が今は起きないが、休日ならば使明は早い時間からここに来ているはず。 明日もまた、ここに来よう。 明日こそ、使明に会おう。 今の俺は、彼と会っていなければ不安と恐怖で堪らないのだ。 ――ヴァイラス。 揺れる葉音にすら、俺は身体が震えた。 ヴァイラスが、恐いのではない。 いや、ヴァイラスによって与えられる死も恐ろしいが何よりも。 この町の、不可解が、恐ろしい。 俺の理解の及ばない何かが、この町にはある。 脳裏に、あの巨大な血痕がよぎった。 ヴァイラスほどの存在を消し去る何かが、強大な何かが、ある。 そんな大きな力が、誰にも感知されず、俺の知らぬところで蠢いているのかも知れない、それはやはり恐怖だ。 果たしてそれは我々を守る存在なのか、それとも我々を食らう存在なのか。 わからない。わからないから恐い。誰も知らないから恐い。見えないから恐い。 この町の何が、ヴァイラスによる被害を少なくしているのか。 少なくとも、あの血痕を見るに。 それが優しいものではないと言うことは、明白だった。 ――その時。 「!」 風が、強く、吹いた。 時刻は0時3分。 日を跨いで、すぐのことだった。
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