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「気をつけて病院戻れよ」
「うん」
俺の腕から離れると、彼はいつもの、曖昧で、何だか消えてしまいそうな、薄い笑顔でそう返した。
その笑顔を見る度に、俺はいつも辛い気持ちになる。
また明日も会えるのだろうか。
明日になったらいなくなっているのではないか。
不安な気持ち。
「じゃあな」
そんな気持ちを押し殺して、俺は彼に背中を向ける。
夕陽が目に染みた。眩しい。
世界は、儚い。
根拠はないけれど、この世界は、儚く、悲しい。
大切なものも、守りたいものも、誇りも何もない。
唯一あるとすれば――
使明と過ごす、この時間と空間だけだろう。
公園から離れ、歩道を一人歩きながら、俺は曖昧に笑った。
ああ。そうか。
きっと今俺は、使明と同じ笑顔をしている。
俺の横を通過する車。
携帯片手に笑いながら歩く若者。
踏み切りのしまる音と共に通り過ぎる電車。
皆、目的地があり、目的があり、意味があって、生きている。
俺は空を見上げた。
――俺には何もない。
ヴァイラスに全てを奪われなければ、俺には何かあったのか。
……ああ、あったさ。
少なくとも、帰る場所だけはあったんだ。
……ヴァイラス、か。
どうせなら。
どうせなら、俺も食い殺してくれれば、よかったのになあ。
――俺は。
酷く、歪んだ気持ちを、抱いた。
抱いた、からかもしれない。
「……え」
カンカンと先程まで鳴り響いていた踏み切りの音が止まり、視界から電車が完全に通り過ぎ、消える。
そうして広がった景色の真ん中に。
『捕食者』が、いた。
巨大な蜥蜴みたいな姿をしたそれは、身体全体に緑色の鱗を纏い、後ろ足二本で立ち上がって、その真紅の腹を見せると、俺を見るやいなや、大きく口を開き、よだれを垂らした。
――ヴァイラス。
久しく見ることがなかった、悪夢。
俺は。
「うわあああああああああっ!!!」
悲鳴をあげた。
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