プロローグ

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そこはどこかの港、人気の無い 第三倉庫の中での事だ。 「例のモノは、用意出来たのか」  今宵は、猫の瞳孔の如く 細く尖った月が夜を照らす。 闇の中。倉庫の窓から差し込む 切り取られた月光のなか、その黒ずくめの男はスーツケースを片手に現れた。 黒いスーツ、黒い靴。それでも足りないのか、目にはしっかりと真っ黒なサングラスが存在している。 一体、前は見えているのだろうか そしてその男は、一人ではなかった。 両サイドに、万が一にと黒ずくめの男に護衛役としてつけられた二人の男 その二人も、前に立つ男と全く同じ服装をしている。  月光に照らされた男が問うた先の人物は、未だ貨物の闇の中にいた。 「おや?キミ、失礼だね。僕がこんなモノごとき、用意出来ないとでも、思ったのかな」 闇の中から空気が低く震う。 その声を聞いて、男は、ぞくりとしたものが背筋を走ったのを感じた。 まるで蛇が地を這う如く。ぬるりとした、低い声色だ。  だから、このマフィアとの取り引きは嫌だったんだ。 男は表情にはださず、そう思った。 いや、実際にはこの黒ずくめの男の、両サイドに立つ彼等も全くと同じ考えだったのだが、生憎と 小声でもそれを共有する程の勇気は彼等には無かった。 「…これは、失礼した。黒宮 実(くろみや みのる)様」 そう呼ばれた、闇の中の男性、実は にぃっこりと口角を上げて、ころころとした楽しげな声色で告げる。 「いいよお、別に」 闇の人物。黒宮実は、特に気にした様子もないようだった。 その事に、男は人知れず酷く安心した。   ― クロミヤファミリー  それは俗にマフィアと呼ばれる彼等の中でも、随一と言われるほどに、裏の世界ではよく知られているマフィアの名称だ。 どんな相手でも手は緩めず、残酷に残忍に任務を遂行する事で有名でもある。  そんなマフィアの、次期ボスとの重要な取り引きだ。 失敗をするわけにはいかなかったし、この男にとって失敗はイコール死に直結していた。 だから男はなるべく速やかに、何事も無く、ただただ穏便にこの取り引きを終わらせたかった。 「…ああ、そうだ。一つ、君達に先に言っておかなければならないんだった」 だと言うのに、ふと、実が思い出したように言葉を付け加えたのだ。  
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