プロローグ

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   男はこれ以上面倒事を増やしたくなかったが、この[黒宮]は恐怖の対象の他に謂わばオトクイサマと言う名前があり、様々な理由から無下に扱うわけにもいかなかった。 更に、この黒宮ファミリーの次期ボスである実という男は気まぐれな奴で、無邪気で残酷な一面を持ち合わせている。 その彼の気まぐれで、一体何人の仲間が地に伏したかは数えきれない 男は「何でしょうか」と、なるべく感情を感じられぬ声でそう聞いた。 「ふふ。ねえキミ、僕に弟がいるのを知っているでしょう?」 弟。そう聞いて男はびくりと肩を跳ねさせた。 そう。この実には、一人の弟がいるのだ。 だが名前は知られておらず、存在だけが噂にて周囲に知られている。  噂はいくつもある。 たった五歳でマフィアを一つ潰しただとか、刀一本でマフィアを幾つも制圧したとか、あまりの恐ろしさに、その目を見ただけで死に至る程だというお伽話の様な噂まである。 まあ噂が何にせよ、男にとって、実の次に絶対に会いたくない人物には変わりなかった。 「今日はね、[社会見学]として、弟とその他部下数名が来てくれてるんだ」 ころころと、踊りださんばかりにウキウキとした声で話す。 社会見学 男は、いくら黒宮ファミリーが残酷な事で有名だとわかっていても、そんな小学生が遠足に行くような軽い声色でこの場を片付けられる実を恐ろしく思った。 ここは社会見学等で片付けられるような所ではない。  一歩間違えれば死に至る現場だ。 男は、微かな光源を頼りに、実の後ろに並ぶ人影を視線だけ移して視界に入れる。 男の視界には、二人の人物が映った。 背の高い人物と低い人物。身長差は随分とあるようだが、どちらも びしりと背筋を伸ばしている。 実の弟がどちらなのかは、残念でもないが男には分からない為、どちらにも失礼が無いようにと改めて姿勢を正した。 だがそれを見た実は、けらけらと楽しげな声色でまた話し掛ける。 「そんなに気負う必要は無いよ、彼等は見学するだけだからね。それに彼等も気負うてはいないし」  かつん。 靴の音がなる。 その音に、男はびくりと身体を強張らせた。 実の影が、ゆらゆらとこちらへと近づいて来る。 貨物の闇に隠れていた実が、また一歩とこちらに歩が進み、ようやくその黒塗りの靴が月光に照らし出された。  
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