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男が、スーツケースを受け取ったままの体勢で一点を見詰める先に何があるのかを即座に理解したらしい津樹は、うっすらと笑みを携えて言う。
・・
「アレはお気になさらないで下さい。商品のご確認をお願いいたします」
そう促されれば、男は目線を外さざるえない。
この取り引きに来る前から、彼等の機嫌を損ねない為に言う事には極力全て従おうと心に誓っていたのだ。
深入りするな。と言われれば、例えどんなに気になっている事でも深入りは許されなかった。
かちゃり、とスーツケースを開く
-その時だった。
「だっからおぉ前は、さっきからうるせえっつってんだろうが!!」
「うわ、えちょ、待っ!!」
怒声の直後、突如ドゴォン!!!という余韻を響く轟音が、今まで静かに慎ましやかに行われていた取り引き現場に響き渡ったのだ。
咄嗟の事に、まさか敵襲だろうかと、男と護衛の男達は懐から銃を取り出した。
敵襲が来たかもしれないこの状況で、なのに津樹も、暇そうにどこかを眺めていた実も銃どころか警戒すらもしていない
むしろ、ああ またか。というように津樹はため息をつき、実はクツクツと喉で笑っている。
もうもうと舞う砂埃と怒声の根源は、社会見学者達の方からだった。
「…すみません。少々お待ちいただけますか」
「…え、あ、はい」
津樹は男にそう問い了承を得ると、後ろを振り向き、実が面白げに何も言わないのを見て、仕方無しにとその怒声と轟音を発させた人物へと視線を向ける。
「真(しん)様。あまり音を立てないで下さい」
真。
そう呼ばれた人物は、偶然にも、男から見える位置にいた。
その人物は先程、社会見学者だということで見た時の、背の高い方の人物だった。
真様と呼ばれた人物は微かにも表情を変えることなく、無表情なままに津樹に言う。
「…麻央(まお)が悪い」
真は、先程の怒声とは打って変わって冷静で静かな声色だった。
悠然と腕を組んでいた直立不動の彼は、少々乱れたらしいスーツを片手で正す。
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