哀しい眼

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 「あぁ。ヤスのことか。あいつは確かにちょっと変わってる。でも、あいつと俺ってちょっと似てるなーってか、共感できる部分があるんだよね。」  「そうですか?あんな変わった人、見たことないんですけど。」  食洗器の蓋をあけた私の顔面には、真っ白の熱い水蒸気がかかる。まるでイオンスチーマーのように顔が潤うから、この瞬間がたまらなく好きだ。  「ヤスは、俺の調理専門学校時代からの親友の教え子なんだ。あ、その俺の親友は今、また別の調理専門学校で講師をやってる。」  意外だった。あのふざけた市原が、調理師を志していた?  「もう市原くんは卒業したんですか?」  「…いや。辞めたんだ。中退した。あいつ、昔親に暴力ふるわれてたらし」  「いらっしゃいませー!」  その時、ガラス戸についたベルがカランと鳴り、ホールに松下の元気な声が響き渡った。  「3名様ですか?はい、こちらのお席へどうぞ!   3名様ご来店で~す!」  「お客さん来たな。あぁ、あの人たちか。多分ビールとちょっとしたつまみで2時間てとこか。」  毎週のように来る、サラリーマンの3人組だ。高橋は松下がオーダーを聞く前に、もうジョッキを3つ冷凍庫から出した。  その後すぐ、ホールから「生中3でぇす!」と声が届く。  「はーい。星崎はもう上がれよ。洗い物はだいたい終わっただろ。」  高橋は慣れた手つきでこちらを見ながら、二つのジョッキを7:3の金色と白で満たした。続けてもう一つ。表面張力で白い泡はしっかり淵に掴まっている。  「あ、はい。では、お先に失礼します。お疲れ様です。」  帰り道。私の家は歩いて5分程の距離にある、スクランブル交差点を駅とは逆方向に坂を100mほど上がったところのマンションの1階だ。家族は両親と6つ下の妹が一人。ペットは飼いたくても不可なので、通りすがる野良猫に餌付けしている。名前はミルク。牛みたいに白黒だから単純にミルクと呼ぶようになった。
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