哀しい眼

11/12
前へ
/31ページ
次へ
 このあたりの坂道は随分ときつい。通勤にハイヒールを履く必要は決してないのだが、私はいつもハイヒールを履いていた。  週に1回あるかどうかの休日は、疲れをとるためにどこへも行かない。ジャージでコンビニへ行ったり、丘を越えたところの国道沿いのレンタル屋でDVDを借りて来て見るくらいだ。せめて通勤のときくらいは、女であることを思い出しておきたかった。  もうすぐ夜9時だというのにまだ車通りは激しい。歩道のない上り坂で、電柱に出会う度によろめきながら、タイミングを見て車道を歩く。  いつもならiPodで大好きな洋楽を聴きながら帰るところだが、今日は電源を入れたままイヤホンを耳に挿すことを忘れて歩いていた。  小さなスピーカーから出るふたつの音は、私の胸の上で誰にも消費されずに車の音に掻き消されていた。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加