愛撫

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 「おはようございまーす。星崎さん!」  「あれ?市原くん、まだ1時間も早いけど、どうしたの?」  市原が働きはじめて一週間が過ぎた。  正直、その物覚えの早さには驚かされた。一週間のうちのたった3回のシフトでほぼ全ての業務をミスなくこなすようになったのだ。  こんなに子供っぽいのに、なんで仕事はできるんだろう。  KYという言葉が流行った時期があったが、市原は多分KY(空気読めない)とは違う。真のKYは、きっと仕事を覚えるのも遅いからだ。市原は、今自分が何をすべきか、いちいち指示しなくとも動くことができるし、暇になったら、何をするべきか自分からも聞きに来る。  「家でさー、暇だったからケーキ食べに来た!」  カフェ&バー Garden Modeでは、カフェ用にケーキも出している。料理もケーキも、きっと高橋が一から作った方がおいしいが、料理の半分とケーキの全ては、本社の工場から送られて来る。  「オレ甘いもの大好きなんだけど!ここのケーキまだ食べたことなかったから!ねぇ、星崎さん、奢って!」  「な!なんで私が市原くんに奢らないといけないわけ!?」  社員がアルバイトにご褒美として何か買ってあげるのはよくあることと思うが、なんだか市原にケーキを奢ることは釈に触った。    ぷくぅ、と市原は頬に空気を溜めて、小さい顔を若干だけ大きくさせた。  「星崎さんのケチ!」  「ケチで結構!」  私はそう言い放って仕事に専念した。珈琲のひき豆は2パック、角砂糖の茶色い方が1箱、フレッシュは1パック発注しなきゃ、と。取引先の珈琲専門店にFAXを流す。用紙は昨日使った裏紙を使用する。  あ~、昨日FAX流したの牧野さんじゃないなー。  宛名が「岡嶋珈琲様御中」になっている。御中を付けたら様は要らないのになぁ。女子高生の青山まりな(17)が書いたであろう、癖字が書かれた紙面が、少しずつFAXに飲み込まれては吐き出されていた。
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