哀しい眼

7/12
前へ
/31ページ
次へ
 尻の下に、椅子のクッションとはとても思えない違和感を感じる。硬くもなく、柔らかくもない、何か潰してはいけないようなもの…。 「っいって~~!!」    市原を見ると、彼は顔を真っ赤にして自分の両人差し指に息を吹きかけていた。  何が起こった?私、何かした?なんで市原くんは痛がってるの??  一瞬パニックになって私は市原に謝りかけたが、市原の手の形から彼が何をしでかしたのか理解できた。  「星崎さんにカンチョーしようと思ったのに、失敗した!!」  理解ができない、この小僧。全くもって理解不能である。  「何やってんのよバカ!!私が重たいってことくらい、見てわかったんでしょうが!あんたの細い指なんて折れちゃうわよ!」  「ごめんなさ~い。だぁって、なんか星崎さんのお尻見てたら、無性にカンチョーしたくなったんだもぉん。」  こいつ、ものすごい人見知りかと思ったのに、ズケズケと土足で私に踏み込んで来る!ありえない…。  「わかったから、ちょっとは我慢しなさい。ここは職場なのよ?幼稚園じゃないの。」  もともと私はしっかりなんてしてない。いつも妹分として可愛がられて来た性格なのに。なんでこんなこと言ってるんだろう…。  「はぁぃ…。」  それからしばらく市原は黙って私の説明を聞いていた。  髪の色はこれ以上明るくしないこと、ピアスはワンポイント程度の小振りのものに留めること、爪は清潔にして短く切ること…。  私の言う注意点は、素直に聞き入れる様子で、はい、はい、と頷いて大人しくしていた。  さっきまでのお調子者はどこへ行ったんだろう…。  お客様への接し方や店のシステム、提供しているサービスの説明をしたときも、真面目に聞いていた。  「はい、これが最後の項目ね。防犯について。レジ内は常に5万円以下の両替金に保つこと。それ以上になった場合は必ず集金袋に入れて金庫へ入れる。わかった?」  「…。」  市原からの返事がない。視線はしっかりと印刷された活字を追っているというのに。  「ねぇ、聞いてる?」  「ぁ、はい。」  市原の眼は、私をまっすぐ見つめていたときよりも霞んでいた。  「ねぇ、もしかして市原くん。」  「なぁに?星崎さん。」  「私の話がつまんなくて、長くて眠たくて、意識とんでた?」
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加