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傍らに小さな畑を抱え、白亜の壁を持つ、街で見るような小さな家。だがここは街ではない。人が住むような森ではないのだ。
「入ってみようかしら」
彼女は愚直に呟き、小さな家の扉に近づいた。綺麗な、木でできた扉だった。表札も名前もない扉を前に、躊躇することなく扉を叩いた。
しばらく待つと――扉が内側から開いた。中も小さな家だ。一番奥にキッチンが見え、手前にテーブルがある。窓が大きいので、中まで明るい。
「……どちらさま?」
男性。最初に思った。次に顔を覗かせた男を見て――いろいろな感情で言葉が詰まった。
背の高い男で、黒髪に漆黒の左目。白い肌と厭に映える。だが、彼女が驚いたのはそんなことではなかった。
顔の右半分が、奇妙に歪んだ仮面で隠されていた。
色は、黒、白、緑、橙、黄色。彼女が判断できたのはそれだけの色だが、実際はもっとたくさんの色が使われているだろう。
それは異形であり、同時に美しかった。人に何かを思わせるものがあった。
そんな男が、彼女の目の前で扉を開けていた。
「……あの、用事は」
男の声で自分が無言であったと気付き、ごまかすように笑った。
「失礼しました。あたし、ちょっと森を抜けようと思っているのだけど、この崖を登れる場所って近くにある?」
男は、目の前の崖を少し横目で見やり、次に彼女の服を見て――諭すように言った。
「やめたほうがいい」
静かな、何かを諦めさせようとするような、
『キイリ。やめなさい、そんなことは淑女のすることじゃない』
『貴女はお嬢様です。共に遊ぼうなどと下町の者に声をかけるなど……』
そんな、彼女を檻に閉じ込めるような言葉と、厭に被って、
「……できるわ」
なら、この身を持って不可能を覆さなければならない。そうしなけば誰も聞かない。
仮面の男の言葉を振り払い、崖に沿って歩きだした。
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