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見慣れた家の前でいつものように呼び鈴を鳴らす。
聞き慣れた鈴の音のあとに、くぐもった掠れた声が女を歓迎した。
玄関のドアを開け、中に入ると、小さく丸まった中年の女性が待っていた。
質素な服装に、やつれた顔。目の下のクマはさらにひどくなっているようにも見える。
あんなに綺麗であこがれだったおばさんの姿は、もうそこにはない。
それはあの日からずっと変わっていない。
「あら…純ちゃん…いつも悪いわね…」
視線は確かにこっちを向いているのだが、その瞳は稲葉純を映していない。
もっと遠くの、ここにはいない誰かに。
「こんにちは、おばさん。あの…立ち上がっても大丈夫なんですか?」
「えぇ…えぇ…今日はなんだか気分がいいの…さ、純ちゃん。上がっていってちょうだい」
「はい、失礼します」
純は促されるままに家の中に上がった。
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