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人間にすれば、どこにでもあるような平和な朝食だろう。だが平和と快晴と新鮮なレタスは、魔王の望むところでは無い。もっと破滅的・享楽的で血飛び肉裂ける絶望を孕んだ朝を迎えたいのだが、秩序を維持するシステムが確立してしまったこの時代では、叶わない願いだ。某国の宣戦布告が期待される今日この頃。
そんな事を考えながら、パンに苺ジャムを塗っていると玄関の方から何やら話し声が聞こえてきた。
人間だ。声を潜めているらしいが、残念ながら私の聴覚は犬並みで、一言一句聞き逃すことはない。声から察するに、男2人に女2人の、4人だ。
「――本ッ当にここで間違い無いんだな?」
「吉吾(よしあ)町の、六丁目の、六番地の、石田ハイム、一〇六号室。間違い無い。魔王はここに住んでるわ」
「い、いよいよなのね……」
「皆、覚悟は出来てるな?」
……ははん。魔王の居城の前でこんな話をするのはアイツらしかいない。勇者とその仲間達だ。
時計を見るとまだ朝の七時半。なんとまぁ、早い時間のお客様だ。
私はまだパジャマのままだけど、今から着替える訳にもいかない。
ガチャとドアノブを回そうとする音がした。ノックもしないしインターホンも押さない。勇者とはそんな奴だ。
でも残念。私はきちんと鍵をかけている。勇者一行はしばらく黙って、それから素直にインターホンを押した。
「は~い。今出ま~す」
五畳一間の城を駆け抜けて、玄関の鍵を開ける。
そう言えば、前に鍵の開いた音を合図に強襲をかけてくる勇者もいたけど、今回の勇者一行はそんな事をしない紳士的な奴等みたいだ。ドアを透視をしてみると全員武器をしまって緊張した面持ちで立っている。
……そうと分かれば、からかいたくなるのが魔王心というもの。
何の前触れも無く、扉をバン! と勢いよく開けて「ワッ!」と大声。
すると勇者一行は思った通り全員個性溢れる悲鳴を揚げた。
「フハハハハハ! 可愛い奴らめ!」と笑っていると勇者が小さく呟いた。
「お……女?」
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