cauchemar.1 朱を奪う紫

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  「クラーヌ! クラーヌ!」  暗がりの中、少年が見たのは自らの妹が変わり果てた姿だった。その時少年が感じていたのは自分の無力さと、妹をそこまで変えた犯人への深い憎しみ。  その人物は、少年の妹を見下したまま三日月のように鋭く微笑んでいた。犯人の姿を確認することは出来ないが闇に溶けるかのような長い黒髪だけが目に焼き付く。  冷えた風が開け放たれた窓から吹き抜け、妹が用意したカーテンを巻き上げていた。波打つカーテンの合間から覗くのは、時が経つ毎に欠けていく月蝕。 「クラーヌ!」  深まりゆく闇の中少年は誰にも助けを求められず、ただ妹の名を呼ぶことしか出来ずにいた。少年の左腕は犯人によって斬り落とされ、駆け巡る痛みで立ち上がることも儘ならない。 「……安心するがいい。お前の妹はまだ生きている」  妹の傍らに立っていた犯人が少年の側まで来ると、優しく囁いた。少年は信じられないと言った表情で犯人を見る。距離が近づいたため、犯人の姿が少しばかり明らかになった。  透き通る白い陶器のような肌、長くしなやかな黒髪、吸い込まれそうな蒼い目全てが少年の意識を奪う。それは魔性そのもの。  声を出すことも出来なくなり、少年はただ犯人を見ていた。  
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