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晴れ渡る空。地の果てまで青く澄み、朗らかな風が吹き抜ける。淡い色味の花が眼前を埋め尽くすように咲き乱れ、幾重にも波をうっていた。
風が吹くたびに馨る芳香は何処までも甘美に、他者を惑わすのだろう。
「……リヤン」
紅く長い髪を風に靡かせ、青年は短く傍らの少女の名を呼んだ。黒髪を肩ほどの長さで切り揃えた少女――リヤンは、虚ろげな視線を青年へと向ける。夕闇の中に残る深紫にも似た色の目が彼をとらえた。
「無茶はするなよ」
リヤンは柔らかく微笑み、頷くとゆっくりと花畑の中へと歩を進めていく。絵画のような美しさが際立つが一筋の強風が吹き荒れた瞬間、不穏なざわめきが拡がった。
「わかってる」
小鳥の囀ずりのように儚くもしっかりとした声音で、リヤンが返事をする。見つめているのかそうではないのか青年の金色(こんじき)にも似た目が、僅かにリヤンを睨んでいた。
リヤンは青年には悟られぬように右腕の甲を見る。そこに刻まれた紋様が、リヤンの心を僅かに握り潰した。
「シェヌ」
「……ん?」
「私を、赦さないでね」
青年――シェヌの方へ一度振り返ると、リヤンはそう笑ってすぐに視線をシェヌから反らす。風のざわめきが一層、強くなった。
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