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「ともたん、まってー」
小さな足が、玩具のように動く。
「ちーは、ついてくるなよ!」
若干うざそうに、大きな声で言われ『ちー』と呼ばれた少女、井田千尋(3歳)は、ぱたぱたと追い掛けていた足を止め、その場でぎゅっと着ていたワンピースを握った。
「ともたん、いっちゃダメ…」
それでもなんとか一言口にしたが、『ともたん』と呼ばれた少年、井田智樹は千尋のもとに戻ろうとせず、大きなため息を吐くと口を開いた。
「お前がいたら、皆迷惑するんだよ。帰ったら遊んでやるから」
「やぁーだぁ!」
「もー。お母さーん、ちー何とかしてよ」
友人と遊ぶ約束の時間が迫っていた智樹は、玄関から奥に向かって叫んだ。
その脇にはスケートボードが抱えられている。
台所から水道の止まる音がして、母親が顔を出した。
「急いでるんだから、ちー捕まえといてね」
智樹がそう言って身を翻すのと同時に、千尋は母に抱えられた。
「ちーも行くのぉ!」
半泣きで兄に手を伸ばす千尋。
しかし、その願いは叶えられなかった。
玄関の戸が閉まる。
後ろから、千尋を諭す母の声がしたが、智樹は構わず友人の待つ場所へ走りだした。
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