天使

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智樹を見ると、零れそうな涙を袖で拭っていた。 「手紙書くよ」 「ああ」 「電話もする」 「ああ」 返事しかしない智樹に隆行は苦笑する。 思えばこの三年半、一番一緒にいたのは智樹だった。 楽しいことも、辛い時も智樹がいたから乗り越えられた。 一生ものの友達を見つけた、そう思っていた。 おとなしい自分とは違い、社交家の智樹には友人が多い。 けれど、一番近くにいたのは自分だった。 その親友とも別れなければならない。 ―――父さん、恨むよ 徐々に親友の顔が歪んでいく。 我慢できると思ったけれど… 「……っく」 ポロっと涙がこぼれた瞬間、たがが外れた。 「…行きたく…っない。僕はここにいたいんだ!」 「俺だって辛いよ!隆行がいなくなるなんて信じらんねーっ」 智樹の瞳からもポロポロと涙がこぼれる。 智樹は千尋がしたように、隆行をぎゅっと抱き締めた。 初めての友人の抱擁に少し驚きつつも、抱き返す。 「俺たちは親友だからな。どこにいても、どんなに時間が経っても、それは変わらねー。そうだろ?隆行」 隆行は無言で頷いた。 「連絡しろよ。何かあったときも、何もなくても。流石にアメリカじゃあ、すぐに会いに行けないけど」 「僕が会いに来るよ。だから、智樹も連絡して?」 「国際電話しょっちゅうしてたら、小遣いカットされそうだけどな」 涙声で、それでも冗談めかして言う智樹らしさに思わず笑いがこみあげる。 抱擁を解くと、隆行は智樹の両親に向き直った。 「おじさん、おばさん、お世話になりました」 深々と頭を下げる。 隆行の心からの感謝。 「元気で頑張るんだぞ」 「こっちに遊びに来るときは前もって言ってね。おばさん、隆君の好きなもの作って待ってるから」 「うん。楽しみにしてる」 もう一度頭を下げて、玄関から出ようとしたとき、『隆くん!』の声に振り返る。 千尋が隆行に向かって走ってきた。 すいっと抱き上げると、そのまま隆行の両頬を小さな手で挟む。 「なるたけはやく帰ってくるのよ?」 諭すような物言いに苦笑して頷いた瞬間。 隆行の唇にふわふわした柔らかいものがくっついてきた。 千尋の背後から『うわ』という声が聞こえる。 隆行のファーストキスは六歳児に奪われてしまった。 その『天使』からの餞別に、隆行が固まったのは言うまでもない。 .
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