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「たかゆきだよ」
「たゆちだよ」
笑いを堪えながらおうむ返しする智樹を見やる。
「智樹っ」
「いーじゃん、千尋はまだ滑舌悪いんだからさ」
「たゆち?」
もう一度問う千尋を見やり、笑うと、千尋も怖ず怖ずと笑顔を返してきた。
アーモンドの形をした二重の目、小さい鼻、少しおちょぼな唇。肩で切りそろえられた髪が日本人形を彷彿させていたが、笑うとその冷たい印象が一転する。
隆行は千尋の『虜』になった。
動物の赤ちゃんと同様の子供の保護欲の威力を感じた瞬間だった。
「ちーちゃん、た、か、ゆ、き、だよ?言ってみて?」
どうやら諦めてなかったらしい。
「た、か、ゆ、ち?」
そこに妥協点を見つけて小さく息を吐くと隆行は笑んだ。
千尋は智樹の膝から降りると、テーブルを回り込んで隆行の隣に同じように正座し、小さな手を隆行の膝に乗せ、そっと見上げてくる。
「たかゆち、遊んで?」
「何して遊ぶ?」
「お姫さまごっこー」
「…へー、めずらしいなぁ。ちーが俺以外の奴に懐くなんて。お前、気に入られたな?御愁傷様」
最後のセリフが気になったが、その疑問は智樹の次の言葉に追いやられる。
「俺王様ね」
「王様?何やるの?」
普通は王子様とかではないのか?と思いながら問う。
「そこでゴロゴロしながらお姫様に命令する役」
ベッドを指差してにんまり笑う智樹に少し呆れた声を出す。
「それでいいの?」
「いつもそうだから」
千尋はというと、部屋の隅にある籐でできた大きな箱から風呂敷を出してきて頭から被って、質素ながらお姫様を演出している。
智樹はベッドにごろんとすると、お姫さまに向かって慇懃に話し掛けた。
「姫よ、あそこにある本を取ってまいれ」
「はい、王さま」
ワンピースの裾を軽く上げて挨拶すると、本棚の前に置かれた雑誌をいそいそと持って、智樹に差し出した。
「仕込みすぎでしょ」
突っ込む隆行に、智樹はにんまりした。それを無視して千尋を見やる。
「じゃあ、僕は王子様にしようかな?」
「ダメだよ。王子さまは有くんなの。たかゆちはー、んーと、家来ね」
王様の言うことを聞くお姫さまの家来。
自分の役どころに今一納得できない隆行だった。
「有くんは自称ちーの婚約者なんだ。この間、二人がチューしてるとこ見て超びびったし。最近のちびどもはませてるよなー」
「ちーは有くんのこんにゃく者なのよ?」
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