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『会うのはやめておくよ』
千尋に入れてもらったコーヒーに口をつけて、智樹は隆行を思い出していた。
「何で?お前だって楽しみにしてたじゃん」
シャワーを浴びてタオルを腰に巻き、髪をわしゃわしゃとタオルドライしながら、ベッドに腰掛けている隆行に問う。
ホテルにいるとは思えないくらいくつろぐ親友に苦笑して、隆行は手に持っていたネクタイを自分の首にかけた。
「どうしてだよ。今回は時間あるんだろ?」
再び問う智樹に、手慣れた手つきでネクタイを結びながら口を開いた。
「夜までは日本にいるけれど、母の実家に呼ばれてるんだ」
「……そりゃ気が重いな」
家庭の事情を知っている智樹は同情する。
隆行は小さく肩をすくめると、ベッドに乗せたスーツケースから小さな包みを取り出し、智樹に差し出す。
「これ、ちーに渡して?…僕からだとは言わずに」
片手に収まるそれを受け取るものの、智樹は訝しむ。
「何で隆行からって言っちゃいけねーの?」
「中身が香水だから。智樹からならともかく、他人の僕がプレゼントしたものをつけるのは、有くんが嫌がるでしょ」
「嫌がらせればいーんだよ」
タオルをポイっと下に放ると、智樹はベッドへ仰向けにダイブした。
あられもない姿で大の字の智樹に笑い、隆行は慣れた様子でソファーに置いてあるシャツを智樹に渡す。
「少しは恥じらいを持ったほうがいいよ?」
「隆行の前だけだからいーの」
受け取ったシャツを羽織ると、それは酒臭くて眉を寄せた。
着替えを取ってくる間もなく、家を出たのだから仕方がない。
出張に持っていった予備の着替えの入ったバッグは玄関に置いてきてしまった。
智樹は有の顔を思い浮かべ、とりあえず頭の中で一発殴っておいた。
「あいつに気を遣う必要ねーよ」
「違う。ちーが有くんに気を遣って、貰ってくれなかったら意味ないから。
僕は智樹が思うほど殊勝でもないよ?」
自分のためなんだ、と念を押され、智樹は一息吐いて
「分かった」
と、承諾したのだった。
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