9629人が本棚に入れています
本棚に追加
/731ページ
智樹がホテルを出た後、隆行は部屋の広さからするとやや大きめのソファーに座り、サイドテーブルに置いてあった煙草に手を伸ばした。
ゆっくりと肺に紫煙をくゆらせる。
『会わないのか』
シャワーからあがって言った智樹の言葉を思い出す。
智樹には、ああ言ったが本当は時間はあった。
母の実家に呼ばれている事は本当だ。
そこに嘘はない。
ただ、黙っていただけ。
ふーっと大きく煙を吐くと、短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
―――何から手を付けようか
思案し、隆行は口元に弧を描く。
「鳶に油揚げとは、言ったものだね」
そう一人語ちると、テーブルあった眼鏡をかけ、立ち上がる。
ジャケットを羽織り、黒のロングコートを身に纏うと、スーツケースを手に部屋を後にした。
―――時間はたっぷりある
でも、
―――今はまだ、会わない
フロントに向かう隆行の眼は、智樹すら見たことのない、策略家のそれだった。
.
最初のコメントを投稿しよう!