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月が綺麗だ…。
奴隷地域を見回りをしていた731号、こと“ナミイチ”は頭上の月を見上げ、息を吐いた。
白い息は、広がって闇に溶けていく。
年齢の割に合わない童顔は、いつも無表情で何を考えているのかわからない。
「はぁ…」
また息は闇に消えた。
なにもない真っ暗な道。
しかし、ナミイチは灯りになるものを持っていない。
彼は奴隷の中でも特に訓練をされた人間兵器だ。
そのため、暗い夜道ならのなんの明かりがなくても辺りを見ることができる。
ナミイチは、戦闘型奴隷として生まれた。それは…約二十年前の7月31日に遡る。
彼の両親は二人とも奴隷だ。
さらにはっきり言ってしまえば、ナミイチは“生まれた”ではなく、“生まれてこさせられた”という表現の方が正しい。
彼の母親は、望まずして彼を産んだ。
そしてもちろんの事ながら、ナミイチは【愛】を知ることなく、祝福もされずに生まれてきた。
この奴隷地域にいる奴隷の番号は誕生日で決まる。その総数は常に366人。その数は、減ることも増えることもない。
外から連れられてこられる者もいれば、ナミイチのような者もいる。
そして、同じ誕生日に生まれた奴隷は二人もいらないため、殺し合いをさせる。
そうやって奴隷地域に、強いものだけが生き残るように仕組まれているのだ。
殺されたくないなら、やるしかない。
奴隷の子が生まれたら、番号争いは代わりのものが相手と闘うことになる。その代わりとは大体、父親だ。
ナミイチの父親も彼と同じ戦闘型奴隷だったため、難なくナミイチは生かされた。
ナミイチは、自分を生かした父親の顔を知らないし自分を産んだ母親の顔も知らない。
奴隷に【心】を植え付けては、使い物にならないからだ。
ナミイチはそれを特にどうとも思っていないが、そうでない者もいる。
親を探し無償の【愛】を求めるのだ。大概それは意味のない事で、見つかる確率は低い。が、ごく稀に親を見つける者もいる。
しかし、結局は親に邪険に扱われ殺されるだけだ。
【心】を持ってしまった奴隷の中には、自分の存在を苦に思い、自ら命を絶つ者だっている。
要は様々な奴隷が、この地区で共同生活をしているということだ。【生】に意味を持たず、死ぬことさえ怖くない奴隷たちばかりがここにいる。
ナミイチだってそんな奴隷たちの一人だ。けれど、生きる理由は持っている。
…大切なものを守ること…
自分よりも何よりも大事な人を傷つけるものは消す。
…そりゃもう灰になるまで。
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