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月を見ていると、ナミイチはその人の顔が浮かんできた。
無表情の顔が少し緩む。
――ガサッ
物思いに耽っていたナミイチの耳に、草が音を立てたのが聞こえた。
風は吹いていない。
草むらにゆっくり近づき、身構える。
「誰だ、出てこい」
殺気を纏った少し低い声を相手にぶつける。びくっと、目の前の影が震えた。ナミイチは、それをじっと見つめて、影の様子を見る。
よく見れば、薄い金色の長髪と桃色のカチューシャ…。
見慣れたそれに、ナミイチはふっと体の力を抜く。
ただ彼の顔は一層しかめっ面になった。
「…大丈夫だから、出てこい」
ナミイチは、さっきとは違って柔らかめの声で言った。
もぞもぞっと、草むらが出てきたのは、ナミイチよりも少し年下の可愛いらしい女の子だった。
ついさっきナミイチの頭に浮かんでいた顔。
こんな所で、こんな時間に合うなんて彼は微塵にも思っていなかった。
そもそも、もう宿舎から出てはいけない時間は過ぎている。
「こんな所で何やってるんだ、お前は」
「今日の見回り当番ナミちゃんだって聞いたから、会えると思って…待ち伏せ」
「はぁ~、馬鹿か」
ナミイチの目の前で笑顔を向けているのは、奴隷番号229号もとい“ニニコ”である。
彼女はナミイチのような戦闘型奴隷ではなく、治療型奴隷だ。
奴隷地域で生きている者は捻くれ者、あるいは乱暴者が多い。そんな中で彼女は珍しいくらい素直で優しい。
2月29日に子供が生まれることは稀であるため、彼女は今まで誰とも争うことなく生き長らえてきた。
もし2月29日生まれの奴隷が生まれてきた、もしくは連れられてこられたら、彼女はためらいなく、闘いに負けるだろう。
他人のために自分を犠牲にする程、彼女は優しい。
ナミイチにとって、それは唯一恐ろしい事だ。
ナミイチは、開き直って笑うニニコに、また溜め息をつく。
「…何で待ち伏せなんかしたんだ」
「お菓子作くらせて貰えたから、ナミちゃんにも食べてもらおうと思って…」
「それだけか?」
「え…うん。それだけ」
ナミイチの眉間にはどんどん、しわが増えていく。
そんなことのために、こんな寒い外で待ち伏せだなんてどれだけ馬鹿なんだ、とナミイチは頭が痛くなった。
「とにかく早く部屋に戻れ」
「あ、あの~、ナミちゃん?」
「何だ?」
「お菓子…」
「いらない」
ニニコの言葉に間髪入れずにナミイチはそう言った。彼の応えに、ニニコは持っていた袋をギュッと握り締める。
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