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「咲夜……どうしたの?」
「この島に漂着した者がありまして、報告にあがりました」
「そう」
素っ気のない言葉。
常ならば多少なりとも反応を示しそうなものだが、霧を撒いてからのお嬢様は窓の外ばかりを気にしている。
まるで誰かを待っているかのように。怪盗が現れて自分をさらってくれると信じている、囚われの姫のように。いや、むしろお嬢様は姫を囚えている館の主。
現れた怪盗を奈落へ突き落とす存在だ。
ではお嬢様は己に楯突く存在を待っているのだろうか。そして自分を排し、姫をその存在が救うことを夢想しているのだろうか。
「今はパチュリー様が付いています。意識を失っていますが、程なく回復するかと」
「その漂着した者というのは、強そうかしら?」
「――――普通の人間のようですが。何でしたら意識が回復した後、面会をなさいますか?」
「止めておくわ」
「かしこまりました」
部屋を退出しようとする私に向けて、お嬢様は口を開いた。
ひどく朧気で今にも消えてしまいそうな声音で。
「咲夜、貴方だったらあの子を救い出せるかしら?」
その言葉の意味するところを理解出来ないほど、私は愚鈍ではない。
あの妹様を救いだす。それは即、お嬢様を排することになる。そんなことは、私の魂が在る限りありえない。
「見くびらないでください。私は所詮お嬢様の忠犬に過ぎない身です。例えお嬢様が望まなくとも、私はお嬢様に振りかかる万難を排して見せましょう。この身が朽ち果てるまで。なにせ、私の身も心も貴方の為に存在するのですから」
「多少、瀟洒とは言いがたい従者ね」
私の言葉に含まれた多少の怒気に微笑を見せ、お嬢様は言う。
そう。この異変は妹様の為。紅魔館の力ではどうにもならないから、外部の助力を求めるための手段。
囚われの姫を助ける白馬の騎士を召喚するための術式。
であるが、私はそんな彼らの前に全力で立ちふさがるだろう。なにせ私はこの館のメイド長なのだ。
土足でこの館に足を踏み入れる輩を許すわけには行かない。
おそらく門番を務める美鈴はお嬢様の意志を汲んで、侵入者を通らせるだろうが。
お嬢様の居室を辞した私は、長い螺旋階段を下りながら、戦いの予感に駆られてか無意識にポケット内のナイフを弄んでいた。
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