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何か面白いことがありそうな予感がした。それが今、私が湖の上を箒で飛んでいる理由だった。
特別なことが起こる予感に魔法使い、ないし蒐集家は敏感なのだ。
騒動が起こるところには必ず珍しい何かも随伴している。それを手に入れることができたのであれば、蒐集家冥利に尽きるというものだろう。
特に空を見上げれば夏の暑さは何処へやら、紅い霧が空を覆っているではないか。
何かがある。いや、むしろ現在進行形で何かが起こっている。
そしてこの騒動の原因は湖の先にある島だと私の直感は告げていた。
しかし、何時まで経っても島には辿り着けなかった。陸地が見えてくる予兆すら無い。
「おかしいな……島は確かこの辺だったハズなんだが」
まさか島が移動しているのか?そんな疑問が脳裏をよぎる。
それに加えてもう一つの問題が私を襲っていた。
「寒いんだぜ」
季節は夏。太陽が地表を照らしてないとは言え、この寒さは異常の一言に尽きた。
じわじわと体内に浸透してくる冷気は通常であれば低体温症を引き起こし、湖へ垂直落下していても不思議ではない。
冬山を攻めるような重武装で身を固めていれば防げるかもしれないが、そんな装備で箒を扱うことは困難だ。なによりも魔法使いとしての様式美に反するものがある。
幸いにもミニ八卦炉を介して魔術を熱へと変換することでこの冷気をなんとか凌いでいるものの、あと十分程度がこの湖上に留まれる限界だろう。それを過ぎると、体温を失って湖へと垂直落下だ。
「そいつは困るなぁ」
「安心しな、もう二度とアンタは陸に上がらない!」
何の前触れもない不吉な宣告。緊張感があるのかないのか分からない声音とは裏腹に、周囲の温度は一段と低下する。
当然これは私が相手に精神的圧迫を感じたからとか、そういう理由ではない。至極単純な物理法則からだ。
湖上。私の直線上に滞空しているのは、おそらくは妖精。しかも氷精の類だろう。
成程。これで湖の異常な寒気も納得が行く。
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