〈結〉

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…………きた。 わたしは一気に跳ね上がった心拍数を隠すように、笑顔をつくる。 「いらっしゃいませ」 声、裏返ってるし。 顔だってひきつってるはず。 でもでも、今日は頑張るの。 挙動不審気味にわたしが見守るなか、彼の切れ長の目がショーウィンドウの片隅で止まる。 たったひとつだけの、小さな小さなラズベリーケーキ。 わたしがデコレーションしたから、他の商品とは明らかに違う。 このお店の常連客なら、尚更不細工具合がわかってしまうはず。 わたしは何か喋ろうとしたけれど、うまく声にならなかった。 「あの……これ、下さい」 彼がぽつりと言った。 指差しているのは、問題のラズベリーケーキ。 ドクン、と胸が高鳴る。 「あと……これと、これ」 いつものガトーショコラと、アップルパイ。 「少々お待ち下さい」 震える手で選ばれたケーキを箱につめ、保冷剤を入れる。 わたしのラズベリーケーキも、その中に。 「750円になります」 「えっ……計算おかしくないですか」 驚いたように、彼がすかさず声を上げる。 「あの新作のぶん、入ってないですよ」 注文以外で初めて聞く彼の声。 こんなふうに喋るんだ。 同じくらい若いわたしにも、ちゃんと敬語使ってくれる。 覚悟を決めて、ゆっくりと息を吸った。 ケーキが勇気をくれるから、わたしは大丈夫。 「売り物じゃないんです。 あなたにプレゼントしたくて、わたしがデコレーションしたものなんです」 わたし、今きっと真っ赤な顔してる。 「……どうして」 彼が静かに尋ねる。 心なしか、彼の頬も紅潮しているように見えた。 「……あなたと話がしたかったから」 見つめ合う。 ほかにお客さんがこないように祈る。 やがて、彼はブッと吹き出した。 つられて、わたしも笑う。 「俺も君と話したかった。 ずっと気になってたんだ。 先、越されちゃったな」 解けかけていた緊張が、さっきまでとは違う感覚で襲ってくる。 ドキドキが、今は心地好い。 「ケーキ、ありがとう。 名前……聞いてもいい?」 先、越されちゃったな。 わたしがうなずくと、彼はパッと顔を輝かせた。 彼の背中では、陽を浴びた海が喜びに揺らめいている。 わたしはたくさんのキラキラを身に受けながら、大好きなひとを瞳に映していた。 END
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