一章

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それもこれも、あの日が発端だ。 夜の京に飲みに出た芹沢と新見は、女に助けを求められて浪人を斬り、女の怪我に気づいて壬生浪士組屯所のひとつ、八木邸に連れ帰ったのが、原因。 その日から何を思ったのか、昼間毎日来ては纏わりつくのだ。 新見に。 その纏わり方がうるさくて仕方ないから、門番に自ら 女を通すな と言っておいたというのに。 組で一番偉い立場にいる芹沢が連れて来たとなるとそれはなんら意味を持たない。 しかも連れて来た理由が理由だけに、これから先もこのような事が続くのは、目に見えている。 「芹沢先生の……阿呆」 「何か言ったか? 新見」 パチンと扇の閉じる音がして、微かな呟きを落とした新見は慌てて背筋を伸ばした。 まさか聞き取られるとは。 「何も言ってねえっす!!」 「そうか。何も言ってないのなら仕方ない。だが次に儂を阿呆と言ってみろ。これで儂の気の済むまで殴打した後、蔵にぶち込んでやる」 畳まれた扇ーー鉄扇は見た目の通り結構な重量がある。 そんな物で殴打されたらたまったものじゃないが、新見にとってはそれは問題ではない。 問題なのは 蔵の中 だった。 「錦って蔵が怖いの?」 みるみるうちに顔を青ざめさせた新見を見て女が興味を示すが、新見は口汚く焦りながら 「ちげっ!! ちげえよ馬鹿!! てめえは馬鹿でクズだよ!! 局長であるこの俺が暗くて幽霊が出そうな蔵に怯えるわけねえだろ!!」 ほう、と息を吐いた女はにたりと笑った。
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