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季節が移り変わろうとしていても、闇に包まれた外を吹く風はまだ冷たさが混じっている。
吐く息は僅かに白く、いつの間にか脱げたのか、草履の履いていない足には地面は冷たく。
だが冷たかろうが寒かろうが、裸足がじんじんと痛もうが、逃げる足を止めるわけにはいかなかった。
止めることはすなわち。
「逃がさねえよ。逃がさねえよ。へへ」
「嬢ちゃん待てよ。悪ぃようにはしねえからさ」
背後に迫ってくるのは下品な声。
湿り気を帯びる声は逃げる足を急かし、今どこを走っているのか分からなくする程に、思考を攻める。
追われていた。
だから足を止めることは、捕まることを意味する。
後ろに迫る複数の影に捕まってしまえば、きっと汚されるに決まっている。
汚される。
それも嫌なものに変わりないのだが、最悪命も奪われてしまう。
死にたくない。
追ってくる奴らに汚されないとしても汚れた体に違いないが、死にたいと願ったこともあるが。
名も知らぬ、顔も知らぬ、素性も何も知らぬ奴らに……浪人なんかにこの身を遊ばれるだけ遊ばれて、そして捨てられるなんて、無惨極まりない死に方など、嫌だった。
だがその死に、というより危険に身を投じてしまったのは、自分の警戒のなさ、だ。
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