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遠慮がちに、というより半ば強制的に新見の背中に乗せられた女は、頭を混乱させていた。
浪人達に狙われて、助けを求めたら惨劇を目のあたりにして、怖いやら悲しいやらで頭の中はぐちゃぐちゃだ。
店に戻らなければ、と思いもするが、このままどこかに行ってしまいたい、とさえ思える。
相反する思いに悩みながらも揺れる背中は広く逞しくて、鼻をつく血の臭いがまた恐怖を煽るが、着物越しに伝わる新見とやらの体温は……どこか安心できる。
京に住む女は慎みを持たないといけないと、そう教わったが、恐怖から解放されたこともあり、女は新見の背中に頬を寄せた。
横を歩く芹沢と呼ばれた男の横顔を呆と見ながら、徐々に瞼が落ちてきた。
この背中は、初めての背中だというのに、血の臭いがするというのに
安心できる。
そんなことを思ったのを最後に、女の意識は闇に落ちた。
これが、全ての始まりの日だった。
動乱の時代に己の覚悟を抱いた男に、色がついた始まりの日。
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