~既望~

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彼を始めて見かけたのは冬の寒い日だった。病室の窓から見える大きなケヤキの木の下に座っていた。病室の中にいても外の寒さが伝わってきそうな冷たい表情。焦点の合っていない視線。ピアノ線が張り巡らされたような雰囲気を醸し出してる。そう、ここではよく見るタイプの人間。ただ一つだけ違っていたのは彼が白衣を着てるということ。彼が患者ではないということ。 彼はたまにああしてケヤキの下に座っていることがある。1週間に3度くらいで時間はお昼前後。医者か理学療法士か、はたまた薬剤師か。ここからじゃ首から下げている名札まで見えない。ご飯を食べるわけでも昼寝をするわけでもなく、ただ座っているだけ。見てるこっちはつまらない。でもその表情には興味ある。ここにはホスピス病棟すなわち終末医療専門の病棟がある。もうすぐ死んでしまう、絶望の淵にいるような人の表情を私は見てきた。脱け殻のような人もたくさんいる。彼の表情はそれらに近い。病院勤務による疲労とかそういった類いではないのは確か。んー。気になるなぁ。 彼を観察し始めてから約1ヶ月。偶然にも私は院内の売店で彼を見かけた。看護師さんと仲良く談笑している。こんなふうに笑うんだ。声も想像してたより高め。なんかイメージと全然違った。すれ違い際に彼の名札が見えた。「5東病棟看護師 仲里祥平」えっ、しかもナースマン。意外だなぁ。
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