~既望~

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それから3日後。彼はいつものようにケヤキの下に座っていた。私の知ってる彼は冷たく、そして閉じている。みんなの知ってる彼はきっと優しくて頼りがいのある好青年。私はこのとき彼の心にある深く淀んだ闇に気づいた。しかし、自分がその闇に呑まれていることには気づいていなかった。 その翌日、彼がケヤキの下に現れるのを確認して、私は病室をでた。患者が看護師に声をかけるだけなのにとても緊張した。外の寒さも気にならないくらいドキドキしている。ケヤキの下まで10分程度。彼がまだいるか不安だった。がやっぱり彼はそこにいた。深く深呼吸をし気持ちを落ち着かせようとした。胸の高鳴りは収まらない。喉から声を絞り出してやっと「あの・・・」と声がでた。彼は驚く様子もなく振り向き、両目の焦点を私に合わした。あとに気づくのだが、これが彼の「スイッチ」らしい。「どうかしましたか?どこか具合でも・・・」彼は立ち上がり私に歩みよる。まるで「本当」に心配してるような表情で。「えっと、あの、その・・・」声をかけたはいいが何を話せばいいかわからずあたふたしていた。「道にでも迷ったかな?患者さんがこんなとこまでくるなんて。」いかにも看護師らしい対応。「あんまり長いこと出てると看護師さんたちが心配するよ。病室に戻ろうか。何号室?」私は黙って6階の端を指さす。「あそこ?」頷く。「あそこからずっと見てたの。」彼は笑顔を崩しちょっと困ったような顔をした。「あなたがその・・・あんまりにも冷たいっていうか悲しそうな顔してたから・・・心配になったっていうか・・・」私は正直に言った。それでも彼は「そっか・・・。まぁとりあえずここじゃ寒いから病室に戻りましょ。」と笑顔で言うだけだった。
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