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「こんばんは、佐久さん。」
いつもの居酒屋、いつもの酒、いつもの料理、そして。
私の日課は仕事帰りに、ここに座ること。
もうなん十年もこの生活だ。
最寄駅から歩いて五分の、居酒屋しもたく。ちょうど駅と家の中間地点であり、私の食卓みたいなものだ。料理を頼まなくても勝手に出てくる。本当に家の食卓そのものだ。
いつのまにか時間は過ぎ、髪は白髪まじりになっていた。
「佐久さん今日は遅かったね。」
「ああ」
この店の大将はいいやつだ。さりげない奴だ。きっと大きな苦労を乗り超えてきたのだろう。笑った時の目尻のシワがとても愛くるしい。
「はい、これ。今日いちの鯛だよ。」
「え?」
目の前には見事な鯛の煮付け。私の大好物だ。
「おめでとう。」
ガラン。ちょうど店の扉が開いた。
「佐久さん、こんばんは。」この声は、美保ちゃんだ。この四月くらいから見かける女の子。
年は大卒くらいで、背丈は私と同じくらいの170センチかな。今の娘は足が長い。いつのまにか、よく話す仲になった。本当にさりげなく。覚えていないくらいだ。
「立派な鯛だぁ。もしかして佐久さんのお誕生日だったりして。」
美保ちゃんはいつもの濃い茶色のコートをハンガーに掛けながら、冗談まじりに話しかけてきた。そして、いつものようにカウンター席の二番目。私が座る一番目の隣にそっと腰掛ける。
「ふ。この年になったら、いくつになっても一緒さ。」
もう半世紀か。いつのまに、時代は流れてたんだろう。
この土地に来て、早くも20年になるのか。
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