薔薇と少年

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「ああ、ソフィーが持ってくるんだ。この店が暗いってな。もうここ三ヶ月くらいになるか、古くなったら新しいのに取り替えにもな」 ソフィーというのは確か、後輩の母親の名前だ。俺はポリッと人参をかじった。三ヶ月。 ここ三ヶ月、ローンは良くこのパブに来ているようだった……やっぱり。 「……星の王子さまって、どんな話だったかなあ」 俺は呟いた。何となく深い話だった気はするのだが、良く思い出せない。 王子さまは、薔薇とどうなるんだったっけ。 「タッド、今日は何だか寂しそうだね」 フォーカス先生は穏やかにそう言って、俺の為にビールをもう一杯頼んでくれた。 窓の外は月がくっきり浮き出ていた。俺は、もうすぐ今年の夏が終わることを思い出した。 その晩部屋に戻ると、玄関に見知らぬ大きな体の男が突っ伏して寝ていた。 (……誰だこいつ) そう思いつつ狭いリビングに行くと、ローンがカンバスに向かってあの一輪の薔薇をデッサンしているところだった。 「……」 (ローン……) 話し掛ける権利は、俺にはある筈だ。 ローン、俺が帰ったことに気付いていないわけじゃないんだろう? ふと、ローンが手を止めた。 「お帰り、タッド。 ……はーあ、遅かったね」 盛大な溜め息と共に、ローンはそう言葉を漏らした。多分それほどデッサンに集中していたってだけのことだろうが。 「玄関の男、誰?」 俺は手短に聞いた。ローンは予想に反し、無表情で首を横に振った。 「どうでもいいよ」 それがローンの答えだった。 翌朝、男が何者かは、男の口から判明した……というわけでもなかった。 「本当にごめん、全部覚えてるよ。ローン・グリーン君に断られても僕が無理に押し切って部屋まで来たものの……結局酔い潰れてしまったみたいで」 男は、まだ目を覚まさないローンの方は見ず、俺に申し訳なさそうにひたすらぺらぺらと早口で話していた。 「本当にごめん、もう帰るから。グリーン君によろしく」 赤ら顔の男は、にかっという不自然な笑顔を残して早々と出て行った。 「……結局誰だったの?」 俺は尋ねた。眠っているローンに対してか、周囲の植物に対してだったかもしれない。
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