薔薇と少年

5/6
前へ
/6ページ
次へ
ローンは、すやすやと安らかな寝息を立てていた。今日は土曜日。俺もローンも大学の授業はとっていない。 俺はベッドに近付き、膝を床に付いてローンの顔を覗き込んだ。 ベッドの傍の机には、一輪の薔薇が静かに佇んでいる。 俺の知る限りでは、ローンが、人間をモデルに絵を描いたことなんてない。 「……どうやって、花相手に」 ギクリとした。俺は思わず声にはっきりと出していたようだった。 「……?タッド……?」 ローンは目を覚まし、体を起こした。思わず俺も体を後ろに引いた。 「悪ぃ!起こした」 そう言いつつも俺は、ローンの背中を軽くバシバシと叩いた。 寝起きでキョトンとしたローンの表情は幼く、それが俺だけに向けられているのは、愛しく思えた。 互いに何の予定も無い休日は久しぶりだったので、俺達は朝食を済ませると、二人で気になっていた映画を観に行くことにした。 最近話題の若い俳優が主演の、バタバタしたアクションものだと思っていたのだが。 実際は、主役がヒロインをひたすら何年も想い続けるという、恋愛の要素が強い話だった。 (……何だかな) 俺の気分が落ち込み気味なのは、季節が秋になろうとしているからだろうか。 俺は映画館から出て、食べ残しのポップコーンを捨てようとしていた。 「好きだ」 ローンが急にそう言ったので、俺は振り向いた。 「好きだ、エリザベート」 映画の台詞だ。 確かめるように言葉にするローン。 「……よかったな。ずっと、想い続けるのって」 俺は、別に自分がそれほどに苛立っているとか、切羽詰まっているわけではなかったと思う。 そう、だから多分、何となくだ。何となく、ローンの言葉がカンに触ったから。 俺は両手でローンの両手首を掴み、映画館の壁に軽く押し倒した。 「つ!」 急な俺の行動に、痛がるように目をつぶるローン。 「……なあ、お前、どうしてだ?」 俺の声は落ち着いていた。 「お前、ちゃんと女の人愛せるのか?」 ……いや、頭の中は落ち着いてないな。 本当に聞きたかったのは、多分こんなことじゃなかった。 それでも、俺がローンに凄くしたくなかった質問の内のひとつをしてしまった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加