薫る時

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ご主人様が死ぬと、辺りが急に騒がしくなった。 見知らぬ人間達が屋敷に入り込み、ご主人様を連れていった。 どこに行くのか、私には検討もつかなかった。 次に人間達は、銘々に動き回り、屋敷を片付け始めた。 私は隠れて、その様子を伺っていた。 屋敷の中は、段々と景色を変えてゆく。 ご主人様が大事にしていた茶道具も、花器も、私のお気に入りのお人形さえ彼らは持ち去った。 高く売れる。 それが彼らの口癖のようだった。 私は悲しい気持ちがより一層深くなった。 胸がチリチリと焦げる気がした。 悲しみの中、私はご主人様の匂いが薄れていく部屋の中で、丸くなり、震えていた。 彼を思い、彼の死を悲しんでいるのが自分だけの気がして、震えていた。 私を思い、私の死を悲しんでくれる者はもういないのだと、震えていた。
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