鬼哭く夜に降り立ちぬ

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  「……ぱい……せんぱい! 先輩っ!!」 ウイスキーの空き瓶と、食べ残したつまみ類達の残骸が、脱ぎ捨てた衣服やワープロの原稿用紙などと見事に共存している薄暗い1DKの安アパート。 その足の踏み場も無いような有り様の部屋に、慣れた足つきで入ってきた女は窓のブラインドを捲し上げると、軽く溜め息をついた。 「はぁ……あれほど昨日は飲まないで下さいって言ったのに……ったく。ほら! 遅れちゃいますよ? 顔洗って、シャキッとしてきて下さい!」 コートを毛布代わりにしていた男は、ぶるっと身震いをすると気だるそうに起き上がる。 「んぁ? 何だ、真崎……勝手に入ってきて何してやがる……」 「玄関、開いてましたから。いい加減に鍵直したらどうですか? それに今日、取材で地方行く事忘れてないですよね? 前みたいにずっと一人で待たされるのは真っ平ゴメンです……って! ちょっ……香取先輩!」 机の上を片付けながら顔を上げた真崎は、香取の全裸姿をまともに直視してしまって思わず目を背ける。 「ば、馬鹿な事言ってんなよ……しゅ、取材を俺が忘れる訳ねぇだろ? あ、とりあえず顔洗ってくる……」 「とりあえず、先に何か着て下さいっ!」 真崎は顔を真っ赤に紅潮させたままそう言って、足下の衣類を洗面所に向かう香取の後ろ姿に投げつけた。 (絶対忘れてたわ……この人) 書類を整理しながら、さっきよりも深い溜め息をつく真崎であった。 ――数時間後、二人の姿は東京から遠く離れた田舎駅の車両の中にあった。 「ったく……今時、乗り継ぎの待ち時間二十分って、どんだけ田舎なんだ?」 「まぁまぁ、先輩。お陰でゆっくりお弁当買ってきて食べれるじゃないですか」
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