鬼哭く夜に降り立ちぬ

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  男の名は、香取 明人(かとり あきひと) 都市伝説から全国各地に伝わる古い伝承に至るまで、怪奇現象や心霊現象の特集記事を主体とした、いわゆるオカルト雑誌と呼ばれる雑誌の出版社に勤める記者である。 一応、月刊誌として出版されているが、ファン層にはマニアックな人種が多く、一般的にはあまり信憑性の無い雑誌として認識されている。 無精髭を蓄え、黒のスーツにロングのトレンチコートを着込んだ香取は、きりっとした鋭い目つきから一見するとまるで刑事か探偵のような印象を受ける。 顔立ちはわりと整っているので、ちゃんとした身なりをすれば年相応に見えるのだろうが、その雰囲気はどう見ても二十八歳には見えなかった。 「真崎ぃ~。弁当と一緒にワンカップ買って来てくれよ」 「絶っ……対に駄目です。今回の取材中は先輩にアルコールを与えるのは禁止! そう編集長からきつく言われてますから」 駅の売店に向かいながら、背中越しに香取に言葉を残したこの人物。 真崎 麗奈(まさき れいな) グレーのパンツスーツにピンクフレームの薄型眼鏡。セミロングの髪は天然の栗毛で、後ろでひとつに束ねられている。 半年ほど前に入社して以来、香取の唯一の部下であり、助手でもある彼女は、半年という短い間に香取という人物の人となりを的確に捉えていた。 「はい、幕の内弁当とお茶です。これならちゃんと経費で落ちますから」 「チッ! つまんねぇの……」 「つまるつまらないの問題じゃないですよ先輩? 観光に行く訳じゃないんです、あくまでも仕事ですからね。し・ご・と」 とは言ったものの、古びた構内の風景や、行き交う人々の雰囲気は何処と無くのんびりとしていた。 毎日、満員電車に押し込まれ、都会の喧騒に揉みくちゃにされている真崎にとっても、それらを眺めるだけで幾らか癒されるような気がしていた。 「まぁ、その仕事もなぁ……今回も空振り食らわなきゃいいんだがな」 「例の写真……解像度を上げて調べてみたんですけど、どうやら加工修正したものではないみたいなんで」 「なるほど、ちったぁ楽しめるって訳か。 ふぁぁ……あぁ。腹いっぱいになったら何だか眠くなってきたわ。着いたら起こせよ? 真崎」 (食べるの早っ!!) 真崎が弁当を半分食べる頃には、香取は既に大きな高いびきを掻いていた。
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