鬼哭く夜に降り立ちぬ

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  同時刻、納屋。 玄関の傘立てに刺してあったゴルフクラブを握り、慎重に納屋の様子を伺っていた香取は、極度の緊張からか手の平が汗ばんでいる事に気付き、慌て反対の手に持ち変えてズボンで汗を拭う。 (ふぅ~、誰もいねぇみたいだな……) 納屋の中に人の気配が感じられない事にほんの少し安堵した。 と、その時。 「真崎……?」 母屋の方から声が聴こえた気がした香取は、部屋に置き去りにしてきた真崎の安否が気になり、一旦戻ろうとして納屋の外に足を踏み出した。 すると。 (!?…………何だ?) 一瞬、まるで巨大な冷蔵庫の中に入ってしまったかのような冷気を感じ、背筋にゾクリと悪寒が走る。 何事かと広がる闇に目を凝らして見てみると、悪寒の原因である『ソレ』の姿が確認出来た。 「恵……か? いや……」 香取はゴルフクラブを握り直して身構える。 「儂の糧となれ、人間」 取材で数多くの怪奇現象の現場に立ち会ってきた香取だが、これほどハッキリとした異形の者を見るのはこれが初めての経験であった。 「貴様が憑鬼だったのか……」 香取の本能が警鐘を鳴らす。 こいつはヤバい……と。 お互いに沈黙したまま対峙する二人。 重苦しい空気が流れ、静寂がその場を支配する。 そして…… 「くたばれ! 化け物!」 先手必勝とばかりに先に動いたのは香取だった。 「うぉらぁ!」 唸りを上げて風を切るゴルフクラブ。 だが、その瞬間! 「お願い、やめて!」 「!?」 一瞬、見せた恵の顔に、香取は攻撃する事を躊躇してしまう。 憑鬼はその隙をついて、香取の持つゴルフクラブを遠くの茂みに弾き飛ばした。 「くっ!!」 咄嗟に横に飛ぼうとした香取の両肩を、憑鬼が鋭い爪で鷲掴みにする。 「ぐわぁぁぁっ!!」 「油断したな……言っておくが、この身体は恵の物でもあるのだ。 さぁ、大人しく儂に喰われるがよい!」 大口を開けた憑鬼の唾液で光る牙を目の当たりにした香取は、万事休すと覚悟を決める。 だが。 「ひっ……ひぎゃぁぁ!!」 この世の物とは思えぬ悲鳴を上げたのは、憑鬼の方であった。
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