フィラ

8/8
7205人が本棚に入れています
本棚に追加
/348ページ
食事は幹弥が慣れ親しんできた和食よりも幾分味付けが濃かったものの、美味しく平らげることができた。 「ふぅ~、……思い出せって言われても、そんな小さい頃のことなんて覚えていられる訳ないだろうに……。」 腹を満たした幹弥は両手を後頭部に回してベッドへ仰向きに倒れこむ。 視界には電球らしきものの中で揺らめく小さい炎が入った。 フィラはさも常識と言わんばかりにこの照明を扱っていたが、幹弥には初めて見るも同然の代物である。 もしフィラの言うように幹弥の記憶の片隅にこの世界のことが存在していれば、この照明のことも分かるかもしれない。 そう思った幹弥は炎を見つめながら頭の中を弄くり回すが、残念ながらヒントの欠片すらも見つけられなかった。 というよりも、満腹感と頭脳労働によって本人も気付かないうちに眠ってしまったというのが真実であったが……。 翌朝。 部屋に備え付けられている唯一の窓から日射しが入り、ベッドで熟睡している幹弥の体を照らし出す。 窓の外からはチュンチュンと小鳥の鳴き声みたいなものも聞こえてきて、目覚めるには大変気持ちの良さそうなシチュエーションである。 しかしそんな理想的な朝の情景を吹き飛ばす喧しい怒鳴り合いが突然響き渡り、残念なことに幹弥はこれが原因で目を覚まし、理想的な目覚めとは程遠い気持ちであった。 「……朝から何をギャースカ騒いでんだか……。」 寝起きで頭の回転がやや鈍り気味だが、怒鳴り合いの一翼を担っているのがフィラであることは声ですぐに理解できた幹弥。 だがもう一方の相手は分からない。 まあここに来てからまだフィラとしか顔を合わせていないのだから、分からないのは当然であろう。 来客なのか、はたまた同居人なのか。 声質から判断すると、まだ若い男のように感じられる。 怒鳴り声に有り余る元気をぶつけるかのような勢いがあるし、何よりあのフィラに真っ向から楯突く向こう見ずさに若さが垣間見えるように感じられたのだ。 あの毒のある口調やステッキ攻撃を食らった幹弥には、フィラに楯突こうなんて無謀な考えなど沸いてこないのだから。 ともかくフィラと二人きりでないことに幹弥はホッとした。 (そういえば空の食器持って降りてこいって言ってたっけ。) 昨日のフィラの指示を思い出した幹弥は、フィラと怒鳴り合う男に興味を抱きつつ部屋から出たのであった。
/348ページ

最初のコメントを投稿しよう!