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夕暮れ時の繁華街。
街灯に照明がちらほらと灯り始め、歩道には家路を急ぐサラリーマンや買い物帰りの主婦達が足早に足を進め、若者達はこれからどこに遊びに行こうかと相談しているのか屯(たむろ)している光景が目に付く。
そんな中を沈んだ表情で視線を下に向け、力なくフラフラと歩く一人の男の姿があった。
(……何かもうどーでもよくなっちゃったよ……。
俺って今まで何のために必死こいて生きてきたんだ?)
自分のこれまでの人生を否定したくなる程に落ち込んでいるようである。
この男がこんな心境に陥っている理由を、彼の現在までの経緯と合わせて語らなければならないだろう。
彼の名前は水野幹弥。
三十路にとうとう足を踏み入れてしまったオッサン予備軍である。
外見は坊主頭が特徴的だが、パッと見はどこにでも居そうな一般的な容姿である。
だが容姿の悩みを幹弥は二つ抱えていた。
一つは、まだ三十路に突入したばかりだというのに、早くも頭頂部の毛髪がかなり寂しいことになっている点。
だからそれを誤魔化すために坊主頭にしているのだ。
だが幹弥にとってはこれはまだ軽い悩みであった。
幹弥にはもう一つの悩みの方が深刻だったのだ。それは、瞳が俗に言うオッドアイという点。
働きだしてからは黒のカラーコンタクトを使用しているので周囲の目を気にしなくなったが、幼少の頃は右目だけが赤いということで精神的苦痛を味わってきたのだ。
しかも幹弥は捨て子で天涯孤独の身である。
施設で育ってきたのだが、学校では親が居ないのとオッドアイのことでイジメの対象となり、施設内でもオッドアイを気味悪がれて仲間と呼べる存在は居なかった。
施設の職員はお世辞にも親身になって世話してくれる者は無く、寧ろ虐待が日常化していた。
幹弥はそれでも幼いなりに防衛手段を考え、子供心から来る欲求を我慢した良い子を演じるようになった。
これにより聞き分けの良い子供と大人に認識されるようになった幹弥は、施設の職員による虐待の対象から無事外されることとなる。
しかし同年代の子供からは、特異な瞳に加えて“いい子ぶる生意気な奴”というレッテルを貼られ、益々イジメに遭っていく。
それでも我慢を重ねた幹弥は、中学卒業と同時に施設を飛び出し、知人が誰も居ない地域で工場の仕事を得て地道に働いてきた。
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