世界ガ揺レテ、全テノ音ハ消エ去ッタ

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     「何でだあぁぁぁぁぁぁ!!!!」  気が付けば、鮮血が、宙を舞っていた。  目に映ったのは倒れていく、花の身体。  そして彼女は軽い音を立てて地面へ。  胸を斬られた彼女から、静かに赤が広がっていく。  俺は肩で息をしながら、その様子をただ眺めていた。  すると、彼女の首がぐるりと回り、赤い目が俺を捉える。  その瞳には恐れも憎しみも無い。ただ俺を見据えていた。  彼女の口が僅かに開く。  「に…兄……ちゃ……ん」  そして口から血の泡が弾け、目を見開いたまま花は動かなくなった。  初めて花が口にした筈の《兄》という言葉。  だが、呼び起こされたのは忘れ去られていた遠い昔の記憶――  暑い夏の日。蝉の声は耳障りで。  自力で生きることに疲れた俺は、何故こんな思いをしなければならないのだと考えていた。  『兄ちゃん』  そんな時、俺の腕を掴んだ花の小さな手。  すがるように俺を見つめていた。  だが俺は苛々していて。  だからその手を振り払い……俺は確かに叫んだ。  『うるさい! 俺はお前何かの兄ではない! この――――化け物め!』  「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」 力の限り叫んだ。涙が止まらなかった。  何てことだ。  守ると誓いながら、村人に憎しみをぶつけておきながら。  誰よりも花を傷付けていたのは、俺だったのだ。  そして裏切られたと嘆いて、殺してしまった。  先に花を見捨てていたのは、俺の方だったというのに。  「すまない、すまない!花!」  亡骸を抱きしめ、届くことの無い謝罪を繰り返し続けた。  どれ程の時がたった頃か。一粒の滴が頬を打ち、やがて豪雨となった。  血に染まった身体が雨で流されていく。  全てを掻き消す雨音。無数の飛沫で白く視界が歪む。  その《静けさ》のせいか、俺は段々と落ち着きを取り戻してきた。  僅かに微笑み、花から手を離す。  「生憎俺は臆病では無いのでね」  そして、雨に濡れた白い髪をそっと撫でた。  「花……お前は化け物では無いよ。誰よりも――尊くて、綺麗だった」  さあ、これでもう耳障りな音も、醜い声も、俺と花を苦しめていた心の声も、聞こえない。  俺は怪しく光る刃を、自らの首に当てた。  雨が降りしきる、山の中。  二体の《人》の亡骸が、折り重なるようにそこにはあった。  ある、夏の日のことだった。
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