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「稽古に行ってくる。家で待っていろ」
どうにか花を落ち着かせ、彼女を一人残して家を出る。
戸を閉める時、薄暗がりの中で不安そうに俺を見つめる彼女の瞳が光るのが見えて、胸が僅かに痛んだ。
俺達に親は居ない。
母は花を産むと同時に命を落とした。
父はというと、愛する妻を犠牲にしてまで命を授かった自分の娘の異様な姿を目にして気が触れてしまい、母の後を追ってしまったのだ。
そしてそれらの゙不幸゙が゙更に、花を呪われた娘゙として苦しめる原因となっている。
ああ。何だってこんな。
乾いた音を響かせて俺の弾いた木刀が宙を舞う。
それを確認すると、俺を囲んでいる奴等は木刀を握る手を強めた。
こうやっていつも、複数人を相手に手合いをすることで、彼等を鍛えている。単純に一人一人相手にするのが面倒なだけなのだが。
本日四本目の木刀を叩き落とした時、ついに彼等の中の一人が大袈裟に肩を竦めて言った。
「いやあ。やはり太郎さんには敵いませんね。降参です」
その一言で俺は刀を下ろす。
俺だってこの暑い中刀を振るい続けるのは御免だ。『今日は終いだ』と告げ、竹刀を彼に押し付けた。
すぐに帰ろうとしたが、端の方で何人かがひそひそと話をしているのが目に入り、思わず動きを止める。
俺の視線に気が付くと、彼等は瞳を好奇心で輝かせながらこっちに寄ってきた。
「太郎さんはもう聞きました? 村ではこの噂で持ちきりなんです」
「先日亡くなった千婆さんのことなんですよ」
俺の返事も待たず彼等は次々と畳み掛けてくる。
千婆さんとは村の外れに住み着いていた老人のことだ。彼女については悪い話以外聞いたことがない。
「それで、昨日村長達が千婆さんの住処を調べに行ったんです。村から盗まれた物とかがないかの確認の為にね。そしたらですね――――」
彼はわざとらしく声を潜めた。その芝居がかった話し方に思わず引き込まれる。しかし。
「――何でも゙死を克服する方法゙が発見されたとか」
その余りの馬鹿馬鹿しさに一気に興味が削がれ、溜め息を吐いた。
「下らない。それが本当ならば千婆さんは死ぬ筈ないだろう」
「でも、あの千婆さんですよ!? それに――」
「興味が無い。俺は帰る」
彼等の声を無視し、俺は足早に家へと向かう。
呪いだのなんだの、もううんざりだ。
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